本と音とそれから語学、私ブログ。

自分の思いを一つ一つ紡いでいく。

兄弟、類友、そして同盟

お会いする方の多くに

「最近、ブログ書いてる?」といっていただきます。

 

それだけ、読んでくださっている方が

たくさんいることに感激を覚えているぺらです。

 

はい、えー、簡潔に申しますと、

四か月ぶりにブログを更新します・・・

 

あ、さぼっていたわけではないですよ!

文章を書くことは続けていました。

それがブログではなかったというだけです・・・

(すさまじい言い訳感・・・)

 

けれど、それ以上にこの四か月間は

出会うこと、話すこと、聴くこと、そして考えること

多くの時間を注いでおりました。

 

その時間の中で

泣きそうになるくらいほっとしたことがあったので

文章に残しておこうと思います。

 

そこから考えたことも、

そしてやってみようと思ったことも。

 

 

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#嬉しかったんだ、実は泣きそうだったんだ

 

「ななの話を聞いて!」

 

高校生のころ、保健室の先生や、

大好きだった英語の先生に何時間でも話していた

今思えば、たぶんどうでもいい話。

 

相手からしたらきっと、

仕事の一部でしかなかったんだと思うけれど

それでも聞いて、反応してくれるのが嬉しかった。

 

 そして、

「あんたの気持ちも何となく分からんではない」と

共感してくれるのがこの上なく安堵を私にもたらした。

 

それでも、

二つだけなかなか共感してもらえなかったことがある。

 

悔しさが衝動的な怒りや、涙に変わるということ

 

他人ごとが自分ごとになりすぎて、

自分には関係のない勝手な苦しみを抱えやすいこと。

 

要するに、

この世の中で生きていくには少しばかり不便なわけだ。

 

そのことが言葉として自分の中に湧き出てきたとき、

もしかしたらこれは私だけが抱えていて、

人には言いにくすぎる悩みなのではないかと考え始めた。

 

けれどだ、それがいとも簡単に覆された。

 

仲間がいたのだ。

共感してくれる人が現れたのだ。

 

私たちは互いを類友と呼ぶことにした。

 

 

前々から感づいてはいた。

 

もしかしたら、この類友

私と同じような感覚を持っているのではないか。

 

類友が書く文章や、言葉選びが

何とはなしに親近感を沸かせたからだ。

 

そんなことを思っていた矢先、

ひょんなことから二人で話す機会をいただいた。

 

久しぶりの感覚だった。

高校時代の先生たちが姿を変えて、

私の前に現れたようだった。

 

「ななの話を聞いて!」

 

今回の機会の目的を早々と放り投げ、

気がつくと私は類友にそう言っていた。

 

楽しかった。

 

別にこれが世界を変えるわけでも、

何かを生み出すわけでもない。

飢えに苦しむ人を救えるわけでも、

経済が回せるわけでもない。

 

でも、そんなことはどうでも良かった。

 

ただただ、自分の考えを話して、

類友の話を聞いているだけなのにこれだけの

安心感と、感動を私に贈ってくれたのだから。

 

「よう頑張っとったね、

自分もそうだったからわかるよ」

其の言葉が私の涙腺を密かに緩ませた。

 

周りにできることが自分にできなくて

泣きながら、学校から家まで帰ったこと

 

人が怒られているのを見て、自分が苦しかったこと

 

思い込みが激しいこと

類友はそれをいい方に活用していた)

 

同級生との人間関係がうまくいかなかったこと

 

大人数の宴会が苦手なこと

(そもそも居酒屋があまり好きではないこと・・・)

 

だからこそ、

 

そんな思いをしている子が

「自分らしくいられる場所」を作りたいこと

 

最後に類友がくれた言葉が忘れられない。

 

「なんかいいわ、最高!ぺらちゃん!

自分が生きている限り、

ぺらちゃんや自分みたいな子が

「らしく」いられる場所を作り続けるから、

一緒にやろう!」

 

「ぺらちゃんの挑戦にも全力で協力するから、

自分にもついてきてほしい」

 

 

こうして私たちは類友同盟を交わしたのだった。

 

 

#お兄ちゃんやお姉ちゃん

 

この電話の翌日、久しぶりに

鳥取だっぴの企画に参加をした。

三か月ぶりの帰鳥。

 

その企画の後、

鳥取だっぴの現メンバーと元メンバーであり

島根県出身同士の先輩方と、県人会をした。

 

それが抜群によかった。

 

なかなかないメンツだったこともあり、話が弾んだ。

アドバイスや悩みを共有し、

リーダー論についても語った。

 

そうして、今、文章を書いているが、

 

島根には私のお兄ちゃんやお姉ちゃんが沢山いることに

改めて気づかされた。

ずっとほしかった存在が気がつくと沢山。

 

電話で話していた類友も島根の先輩。

そして、だっぴの先輩も島根の人たち。

 

それ以外にも、ブログをお休みしていたこの四か月間で

沢山の尊敬できるしまねっこ兄弟に会うことができた。

 

話を真剣に聞いてくれ、応援してくれ、

それだけではなく、私も相手を応援したくなる。

 

この相互関係がきっと、どんなことがあっても

助けてもらえるという後ろ盾になって、

自分のやりたいことが

迷いなくできているのだと思った。

 

感謝しかないではないか。

 

だとするならば、私はその感謝という無形私有財

アクションと言葉

有形私有財にしようと心に決めた。

 

 

#私にできることは限られている。

 

というわけなのだが、

有形私有財にするにあたり、

私がここ最近、意識していることがある。

 

それは責任を勝手に負い過ぎないこと

全てに自分を関わらせようとしないこと

 

冒頭で話した通り、

他人事が自分ごとになりすぎる傾向がある。

それによって、他人のことなのに、

自分がすべてしようとしてしまう。

 

結果として、

他人に迷惑をかけたのではないかと

自責の念にさいなまれ、

自分で自分の首を絞めることになる・・・

 

そんな自分の特徴が分かったので、

 

自分のキャパは自分で守ることにした。

 

相手にもできそうな頼まれごとは相手にやってもらう。

そのために、相手ができないと判断した理由を

一緒に考える。

 

相手が求めてきた物以上にこちらからは提供しない。

あくまで求められたものだけを全力で返す。

全力というのが大事)

 

そうやったらWIN-WIN

 

実体験が教訓を呼ぶとはこのことだろう。

 

今までもきっと同じようなことを

様々なところで言われてきたと思われるけれど、

あんまり自分ごとになっていなかった気がする。

(ここは他人事が自分ごとにならない・・・苦笑)

 

まあ、でもいい。これから先は長いのだから(笑)

 

そうやって私は私にしかできないことやろう。

 

無形私有財を有形私有財にすること。

 

そのためにはこれからも

しまねっこ兄弟たちはもちろん、

そのほかの多くの方たちにもおんぶにだっこだと思う。

 

でも、それが私は悪いことだと思わなくなった。

 

「助けてほしい」

 

そうやって相手に弱みを見せられること

一つの大事な力だと思うから。

 

Fin.